大阪ADHDを考える会 のびのびキッズ

のびのびキッズは、
配慮のいる個性豊かな子どもたちの支援を広める会です。

配慮の必要な個性とは?
ADHD・LD・自閉症スペクトラム障がいなどの発達障がいのことです。

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特別支援について

特別支援について
 



はじめに

平成19年度から、特別支援教育が全国の学校で始まると文部科学省は通達を出しました。
なぜなら、配慮や支援を要する軽度発達障害と呼ばれるLD,ADHD,知的に遅れのない自閉症状を持つ(アスペルガー症候群・高機能症候群・広範性発達障害など)子どもが6.4パーセントいることが調査により判明。
養護クラスで在籍して指導を受けている子ども達がおよそ1.4パーセント、更に此れは、表には出ていませんが、通常クラスにいて養護クラスを利用していない知的障害を持つ子ども達が3パーセントいることも分かってきました。
つまり、約1割前後の子ども達が個別のニーズを持つ子供たちであることが分かったわけです。
しかし、これらの子ども達に今までのような特別な場所で特別な支援をするとなると莫大なお金がかかり、どれだけの資金を投入したら実現可能かは誰も確約は出来ず、今までの教育システムを大幅に変える提言を出してきました。
詳しくは、ガイドラインが出ていますのでそちらをごらん下さい。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/main.htm

また、発達障害のみならず、不登校や其の他の理由でも個別のニーズがある子も支援の対象です。
 



1:特別支援教育とは

「特別支援教育とは,これまでの特殊教育の対象の障害だけでなく,その対象でなかったLD,ADHD,高機能自閉症も含めて障害のある児童生徒に対してその一人一人の教育的ニーズを把握し,当該児童生徒の持てる力を高め,生活や学習上の困難を改善又は克服するために,適切な教育や指導を通じて必要な支援を行うものである。」

とガイドラインにはかかれています。

其れを受けて、次のような制度改正についての具体的な検討の必要性を提言しています。

「このような基本的な仕組みのもとに,小・中学校においては,学校としての全体的・総合的な対応の必要性が指摘されました。具体的には,LD,ADHD,高
機 能自閉症を含めすべての障害のある児童生徒について「個別の教育支援計画」を策定すること,すべての学校に「特別支援教育コーディネーター」を位置付けることが必要と指摘されました。さらに特殊学級や通級による指導の制度を,通常の学級に在籍した上での必要な時間のみ「特別支援教室(仮称)」の場で特別の指導を受けることを可能とする制度に一本化するための具体的な検討が必要であると示されました。
一方,盲・聾・養護学校については,障害の重複化や多様化を踏まえ,障害種にとらわれない学校設置を制度上可能にするとともに,地域において小・中学校等に対する教育上の支援(教員,保護者に対する相談支援等)をこれまで以上に重視し,地域の特別支援教育のセンター的機能を担う学校として「特別支援学校(仮称)」の制度に改めることについて,法律改正を含めた具体的な検討が必要である。」

上の法改正を含む中教審の答申が2004.10月下旬か11月上旬に出ると言われています。
此れに先立ち、2004年の夏には各関係団体からのヒアリングがおこなわれていました。

サマランカ宣言にうたわれたインクルージュンの実現に向けた社会の構築に学校教育が先鞭をつける兆しを感じて感慨深く受け止めた人々がいた一方で、改革の提言に異議や不安、障害児教育の低下だ、リストラ政策だと激しくなじる障害を持つ子供の親や先生方の意見も各地であがっています。
また、障害を持たない子の親の団体からも障害を持つ子が通常学級に多く在籍することに強い抵抗を示す方々も多くいます。

では、特別支援教育の理念は、それほど、不安や欺瞞に満ちたものなのでしょうか。
現在、巷でうわさされている不安や疑問について一緒に考えてみましょう。
 


2:養護学級はなくなるのか。今まで受けていた支援は受けられるのか。

ガイドラインを読めば、養護学級は特別支援教室に形を変えることになります。
表面的に考えると、此れまでの特殊教育の対象者にとっては、特別支援教室になると教育の質が低くなると危惧する気持は分かります。
しかし、「特殊学級や通級による指導の制度を,通常の学級に在籍した上での必要な時間のみ「特別支援教室(仮称)」の場で特別の指導を受けることを可能とする制度に一本化するための具体的な検討が必要であると示されました。」というのですが、大阪府の場合、かなりの地域で、形の上では、特別支援教室に近いと思うのです。
養護学級の設置率は大阪の場合、非常に高く、個別指導の対象となる子どもには、必要な教科でとりだし指導か、授業に入り込んで支援するかに分かれています。
学校によっては、養護クラスに在籍しながら、授業のほとんどを通常学級で配慮のみで暮らしているケースもあり、形的には、子どもの状態に合わせて養護学級を利用しています。此れに軽度発達障害児童も対象にして、教員の配置を増やさないということは、いわば、今までと同じ大きさの部屋を利用する人数が増えるわけで今までよりも部屋が手狭になるというわけです。
しかも、先生の人数が増える事も保障してはいない。特別支援教室になると今までは、一人の教師に8人の子どもで決められていたのに、30人くらいを一人の教師が見ることになるじゃないかと心配するわけです。
国は教師の人件費の国庫負担金を3兆円も削減したといいますし。
国は、金がない、でも個別の教育的ニーズを待っている子がいて支援体制をとらないといけない、何とか、地域の実情に合わせてやりくりしてくれといっている
おとうちゃんの給料は限られていて、今でも節約してやりくりしているのに、これ以上、養う子どもが増えたら、おかずの種類も量も減る。育ち盛りの子をどうやってたべさせていったらいいんや、養護クラスの先生に過重労働を強いるのか、此れでは、今までと同じ水準の教育を受けることにはならない、と心配する親や先生がいるのもそのせいでしょう。
見方によっては、障害の軽重で部屋の取り合いも始まると懸念する声も聞かれます。
一方で、障害児に対して一人の先生の割り当てが崩れることは、子どもの状態によっては先生の割り当てを増やせることにもつながると、とらえている先生方もおいでです。

参考までに、大阪府は、今までの水準を下げないと名言しており、モデル事業の11市でも養護クラスを無くしてはいないといいます。
2004.3月の衆議院予算委員会での此れに関する質疑では、はっきりと「名まえは変っても養護学級はなくさない」といっています。
この辺が、今度の中教審の答申にどのように文章化されているかが見所のひとつでもあります。
 


3:巡回相談制度でいつも子どもと触れ合っていない養護学校の先生が、たまに見てなにが分かるのか?



指導に自信があって、対象となる子どもや親が満足していれば、巡回相談の先生に相談する必要はないと思います。
巡回相談の先生は困った時のオタスケマン。
一人で指導に困った時に一緒に考えてくださる障害の特性と指導に明るい専門家がいることは大変ありがたいことだと思います。
養護学校の先生がその任にあたるとか、センター的役割をすることにも反対を唱える方々もいますが、おかしな話です。
お互いに交流していただくことは教育の質は上がっても下がるとは思えません。
同じ教育畑の方々と交流していただくことは、親にすれば、当たり前のことで、歓迎こそすれ、反対する理由にはなりません。
養護学校に通わせている親の多くにも、自分たちの先生が地域の学校にいかれると教育の質がさがると心配しますが、養護学校の先生にしても地域の通常学級にいる子ども達の様子をつぶさに見ることは、障害があっても配慮や支援で障害にならないことが多くあることを知ることにつながります。
其れは必ず、養護学校に学ぶ子ども達の将来の「自立ある生活」をより豊かにしていく発想にもつながるはずです。そうならないといけないと思います。

実際、どんなに学校全体で支援してきても解決しなかった子どもの問題行動の背景をたった10分その子を見ていて、一言で解決した専門家がいます。
やはり、わずかな時間、その子どもを見ただけでその日は、その子にあった「百ます計算」の出し方をアドバイスしただけで、数々の問題行動がおさまった例もあります。
すべての巡回相談員の先生がこのような神業にも似たアドバイスが出来るわけではないでしょう。
しかし、現場で一人対応に苦しむ先生にとっても、どれだけ、一緒に指導を考えてくれる頼りになるアドバイザーを求められているか。
苦しんでいるのは、当事者の子どもや親だけではなく、学校の先生も精神的に追い詰められている方が実に多い現実を私たちは知っています。
 




4:

重度の肢体不自由児が学校に来ても対応は出来ない。

誰が、移動に付き合い、誰が、食事を食べさせるのか。

物理的に人的配備がなければ、できないのでは?



各学校がバリアフリーの構造ではないですね。
食事を介助してあげないといけない場合は、実際、頭をかかえますね。
こんなときこそ、介護保険や支援費制度を使いたいところですが、こちらもお金がないといって必要な支援を拒むようです。
政治家は、必要なお金は他所からでもぶんどってもってこい!消費税は福祉に使うからとるといってたことをあたしゃ、忘れとりはせんに。子どもの小遣いからもとってる消費税はどこにつかっとるん?と、怒鳴り散らしたい気分です。
ただ、ウォッシュレットのトイレが突然ついたりしている小学校もあります。
大阪市は特別支援教育には余り乗り気ではなく、軽度発達障害への理解や配慮がなく泣いている親子は多いのですが、エレベーターがついている小学校は多そうです。
地域で学びたい!という強い親の願いに逆らうことは出来ないのが世の中の趨勢でしょう。
また、肢体不自由で体の自由が利かないことは生まれつきの人ばかりではありません。
交通事故や病気や老齢で誰でも体の自由が利かないことは出てくるはずです。
知的障害にしたって年をとれば、痴呆やもの忘れなどに悩まされます。
障害は何時誰にでも訪れるものです。
私たちは、お金や人の手配がないことを理由に支援に臆病になる前に、同じ一人の人間として地域の皆と一緒に暮らしたいと願うことがそれほど迷惑なことか、あるいは自分と関係ない人様のこととして障害を受け止めていないか一石を投じて考える場を与えてくれることも 特別支援教育の期待される効果ではないかと前向きにとらえたいです。
 




5:特別支援教育の理念とはなんでしょう。



特別支援教室の狙いは、

  • 通常学級でもっと、出来る配慮があるのではないか
  • 本当に障害特性に合わせた支援が充分行われてきたのか
  • あるいは、個別支援がその子どもの将来の自立を支援する指導につながっているか
  • 配慮のいる子どもの申し送り事項は文書を使ってきちんと伝えているか
  • 親の願いに添い、相談しながら指導に取り組んでいるか

など、今までの障害児教育の点検も 問われている側面はないでしょうか。
不十分だからこそ、個別指導計画を出すことが求められているのではないでしょうか。

さらに、

  • 「みんなちがってみんないい」「個性を重視」「学び方の違い」など耳ざわりの良い言葉を裏付ける実践が通常学級で本当に行われてきたのでしょうか、本当の意味での人権教育が根付いているのでしょうか。
    「障害児は校区にいるとかわいそう、いじめられるわ」としたり顔でいっている先生はいないですか。
    「みんなちがってみんないい」とクラスに張り紙を出しながら、無法に暴れる子らに手を焼いていらっしゃいませんか。
  • 気になる子どもの事を学校全体とまでは行かなくても職員室で当たり前に話し合える空気は出来ていますか。

充分ではないから、校内委員会の設置を提言の中に入れているのではないでしょうか。
時には、学校以外の外部の専門機関とも連携を取りながら対応を模索せよ、一人で抱え込まず、教育はみんなで、と言っているのではないでしょうか。
学校だけで支援を完結するのではないから、「教育的指導」という言葉を使ったとガイドラインには書いています。

此れを具体的にどのように教育現場に根付かせていくかが問われているのではないのではないでしょうか。
大体、学級王国と言う言葉が現実に存在していて、校内で一緒に個別のケースを検討することすら充分出来ていない学校が多いのに、学校以外の機関とどうやって連携したらいいのか、難しい課題なんでしょうね。

それでも、ニーズを持っている子供たちは、確かに適切な支援を待っています。
特別支援教育の理念は現時点ではすぐには実現しにくい課題は多くあるものの理念に向けて力を合わせて知恵や工夫を重ねていってほしいと願います。

先生、配慮と支援を待っているのは、毎日あなたが会うその子なのです。
 



追伸:

今まで就学検討委員会を設置していなかった地域に、就学検討委員会が設置される地域も出てきました。そういう地域では、今まで保護者は、校区の学校に直接就学を検討してもらいましたが、保護者が地域の学校に就学させることをあきらめる対応も実際多かったようです。
其れが、就学検討委員会を通すことでどう変るのかも見ていきたいです。

文責   宮本  2004.9.26